超サイヤ人孫悟空 vs ニール・ シェーファー

2012年4月25日
大阪駅前のスターバックスにて

 さて、新しい文章を書こう。でもその前に、ちょこっとFacebookを見よう。まだ承認していないフレンドリクエストがいくつかあったな。と思ってマウスへと手を伸ばそうとした時、ポケットに入っているiPhoneがブーンと鳴った。途端に、僕は妙な緊張感に襲われた。何?この感覚。何故携帯が振動すると興奮する訳?
 そうだ、あれは携帯を買ったばっかりの時だった。確か、高校二年の頃。当時僕の友達はみんな初カノが出来ていて、ひっきりなしにラブX2の相手と「いやいや、僕の気持ちの方が君より断然上なんだから!」と純粋蜂蜜より甘いメールをし合っていた。ドラゴンボールZに熱くハマっていた僕だけは彼女がいなく、カチカチ携帯をいじる彼らを見るたびに、それで超サイヤ人になれるとでも思ってんのかといつも反射的に思っていた。
 ところが、ミニアチュアキーボードで「アリソンちゃん今日もチュッチュー!」なんて打つくらいなら椎茸オムレツを作った方がマシや!と毎日彼らのことを嘲笑いまくっていた僕にも、いつの間にか初カノが出来てしまったのだ。エミリー・ルティーという、日本人と白人のハーフの、髪の長いほっそりとしたアイススケート選手だった。言うまでもなく、僕もすぐに携帯を買い「いーや、僕の方がもーっと好きだよ。アイ、♡、ユー。メールキス!」なんていう、ミツバチさえ赤面してしまうくらい甘い言葉を四六時中使うようになった。嗚呼、マイ蜂蜜青春よ。

 ブーンブーン、
「私も早く会いたいよ…」
 ブーンブーン、
「今日も私の夢を見てね!」
 ブーンブーン、
「今度イチゴパフェ食べに行こーね」

 ブーンブーン。十七歳の僕にとって、それは天使の澄んだ歌声だった。そしてその小さな羽音のせいで、僕の中枢神経系は根本的に変わってしまった。まるでよく訓練された犬のように、携帯がブーンと鳴ると決まって胸が躍った。エミリーだ!トリプルアクセル・エミリーのメールだ!と。
 だから今でも、たとえ発信元が誰だか分からなくても、たとえ鳴ったのが映画館で隣に座った人の携帯だったとしても、たとえその振動が携帯ではなく昼ドラのCMでよく見るような肩こりマッサージ機のものだったとしても、その音を耳にし、その振動を感じると、「あっ!」とほんの一瞬、心が弾む。同時に蜂蜜の味がじわっと口中に染み渡る。そう、ブーン病は不治の病である。

「それでかぁ」
 苦笑してそう呟きながら、僕は恥ずかしい記憶を呼び覚ましたiPhoneをポケットから取り出した。そして細いスリープ解除ボタンを押し、指紋のついたガラス画面の上に指を走らせた。ホームスクリーンが表示される。青い鳥を囲んだ四角の上に赤い丸があって、その中に白い「1」が入っている。僕はガラスに新しい指紋をつけた。
 大きなサングラスをかけた、タカっぴーという男からのメッセージ。
「道元さんこんにちは〜フォローさせて頂きます!良かったらフォローしてくださいね^^よろしくお願いします!」
 明るい液晶をしばらく見つめたあと、僕は二回ほど瞬きした。「タカっぴー」と名乗る男が何で僕をフォローしてくれたのか分からないし、何で僕にフォローして欲しいと思っているのかも分からない。にも拘らず、ほとんど無意識に「フォローありがとうございます!大変感謝します。僕もフォローさせて頂きます!」と親指でデジタルキーボードを打っている。同時に、満足感とやるせない気持ちが交錯するのを感じる。机に向かってから十分が経った。
 ポン!
 突然パソコンのスピーカーから鈍い音がした。新しいメール。iPhoneを左手に持ったまま、右手でマウスをキーボードの方へと滑らせ、人差し指に力を入れた。
「あなたの投稿にイイネ!やコメントがつきました」
 という文字の下にある青いリンクが目に入り、思わずマウスを自分の方へ引き寄せ、再びクリックする。
「aboccharanさんが『eBookウェブサイト「パブー」…』にイイネ!をつけました」
 僕の投稿にイイネをつけてくれる人は、ほとんどが会ったことのない人である。顔を合わせたこともなければ、電話やメールで言葉を交わしたことさえ一度もないのに、こんな「椎茸オムレツを作った方がマシや」などという訳の分からない表現を使う僕の文章を最後まで読んでくれて、いつも「イイネ」をつけてくれているのだ。そう考えると自然に感謝の気持ちが湧いてくる。そこで彼らにお礼のメールを出そうかと思う。だが、ためらう。「イイネ」はわざわざサンキューと言うほどのものなのか。考えてみると、大げさなような気がする。「イイネをつけてくださり、誠にありがとうございました。これからも宜しくお 願い致します」なんて書いたら、大げさどころか、まるで「僕のことを忘れないで!」と絶叫しているようなものだ。全然超サイヤ人らしくない。
 お礼を言う代わりに、彼らの投稿にコメントを残そう。と思って言葉を入力してはみたけれど、エンターキーを押そうとした時、何故か小指が止まった。
「彼氏とディズニーランドっていいなぁ」
「私も行きたい!」
「お城の色超綺麗だね!」
 と知らない人ばかりが投稿写真を見て盛り上がっているところに、
「春香さん、ドナルドダックに会いましたか?」
 と唐突に割り込むのはどう考えてもKY行為の範疇に入る。コメントもやめよう。だったら、何をすればいい?気づかない振りをして、何もしない方がいい?それとも、直接メッセージを送った方がいい?考えているうちに、答えが徐々に明らかになってきた。僕に出来ることは一つしかない。彼らの投稿をイイネらなければならぬのだ。
「昨日買ったアグのブーツ」
 イイネ!
「大好きな抹茶ラテ」
 イイネ!
「昨夜の風景。このあと健ちゃんは三度も吐いたww」
 イイネ!
 もちろん、アグのブーツや健ちゃんの嘔吐には、全く興味がない。しかしまともな人間だと思われたければ、これしか感謝の気持ちを表す方法がない。彼らはイイネり、僕もイイネる。我々は本質的に「イイネ」で結びついている――いわば「いいねブラザーズ」である。僕たちいいねブラザーズが実際に顔を合わせたら、どうなるのだろう。僕は目を閉じ、その場面を想像してみた。
 隣の試着室から出てくる、一度も会ったことのないお姉さん。
 「それアグでしょ?いいね!」
 スタバで白いカップを口にする、全く知らない女子高生。
 「もしかして、抹茶ラテ?いいねいいね」
 駅前で焼きそばと生ビールを吐く、正体不明の青年。
 「いいね、健ちゃん!あと二回だぞ!」
 と想像を飛躍させていると、また妙な緊張感に襲われた。僕を刺激したのは、今度はLinked Inからの最新情報だった。ニール・シェーファーがまたソーシャルメディアについてワークショップを開くのだそうだ。
 「雑文集 I 」を公開したばかりの時、僕は出来るだけ多くの人に読んでもらえるようにLinked Inのプロフィールを作った。そして、プロフェッショナル・ネットワークって何なのだろうと思いながら、三日間ほど「私のプロフェッショナル・ネットワークに加わってください」と満面に愛想笑いを浮かべたプロフェッショナルたちに招待状を送り続けた。そうするうちに、僕はニール・シェーファー本人にたどり着いてしまった。
 「ニール・ シェーファー。ソーシャルビジネス戦略コンサルタント、リンクドインに関する本2冊の作家、ソーシャルメディア講演者」
 ソーシャルビジネス戦略コンサルタント。ソーシャルビジネス戦略コンサルタント。ソーシャルビジネス戦略コンサルタント。七回言ってみたが、どうしても舌を噛まずに言えなかった。毎度「戦略」の「んりゃく」で引っかかるのだ。そしてその度に、ソーシャルビジネス戦略コンサルタントって何だろう?いったい何をする訳?と思わず額の生え際を引っ掻いた。シェーファー氏のプロフィールを読んでいくうちに、僕はとても不思議な気持ちでいっぱいになっていった。「リンクドインをどう活かすか」という本が存在するからには、リンクドインを効果的に利用するには特別な知識が必要ということだ。つまり「プロフェッショナル・ネットワーク」であるリンクドインにおいては、自分の職歴や学歴、即ちプロフェッショナルとしての経験ではなく、重視すべきなのは、結局は自分をどう見せるかなのだ。そう考えていると、超サイヤ人孫悟空よりずっと強い完全体セルみたいなヤツがいることを初めて知った時のように、僕はどうしても納得できない気持ちとともに不条理な怒りを感じた。そんなばかなことがあってたまるか!と。それなら「ニール・ シェーファー。プロフェッショナルいいねブラザー」とでも書くのが筋なんじゃないか!と。
 つい最近までは、FacebookやLinked In、それから我々いいねブラザーズとニール・ シェーファーが書いた二冊の本など、存在する理由もなかった。だが、マーク・ザッカーバーグとスティーブ・ジョブスが行くぜー!よっしゃー!とハイタッチをし、その手の響きが良くも悪くも社会に大きな影響を与えることになった。僕は今大阪駅前のスターバックスでホットコーヒーを飲んでいる。やろうと思えば、カメラではなく、自分の携帯電話でこのホットコーヒーの写真を撮り、すぐにネットにアップして、それについて一度も会ったことのない、遠く離れたところにいる人たちと盛り上がることが出来る。ご覧くださいこのホットを、と。なんて素晴らしいホットなんだろう!と。てか、OMGどう思う結構やばくね?と。そして大勢の人々がそれを見て「いやーん素敵なホットですね全くもう!欲しくなっちゃいましたわ。今から私もスタバに行ってホットコーヒー、いや、チョコレート・クッキー・クランブル・フラペチーノwithホワイト・チョコレート・プディングの写真を撮ってこようっと」あ、いいね!それは。というふうに、インターネット上にしか存在しない、なくても誰も気づかない、あっても誰も口にしようとは思っていない、もはやホットではなくなっている高すぎるコーヒーから、会話が生まれてしまう。
 とはいえ、現代社会において成果を出すためには、ソーシャルメディアはやはり不可欠なものである。少なくとも、ソーシャルビジネス戦略コンサルタント兼プロフェッショナルいいねブラザーであるニール・ シェーファー氏は、そうおっしゃっている。しかし、僕は首を傾げざるを得ない。完全体セルは超サイヤ人悟空よりずっと強かったかもしれないけれど、僕の中ではフリーザ戦より勇壮なバトルはない。同様に、ソーシャルメディアをたくさん使えば読者を増やすことが出来るだろうけれど、いかに「今日の朝ご飯は卵焼き:)」と呟き、「二ヶ月ぶりに髪を切ってみた」と写真をアップし、「フォローよろしくね!」とTwitter戦闘力をあげたところで、作家として、ましてや人間として、成長はしない。むしろ作品を推敲する時間が減り、しまいには罪悪感を覚える始末だ。月並みな表現かもしれないけど、そんなことになるぐらいなら椎茸オムレツを作った方がマシや。
 などと思いながらも、僕はマウスをつかみ、Facebookを開く。
「友達リクエストありがとうございます。これからもよろしくお願いします!」