日本に来てから10ヶ月が経った。その間一回もホームシックになってない。ところが、二週間前から非常にホームシックになったのだ。
何故かというと、生活が違うからだ。もちろん、日本語の勉強が大好きだし、立派な友達も多いし、彼女も完璧だ。それに、お金に対して困っていないし、好きなことが自由に出来る。だから、なんでホームシックになっているのだろうか。
生活が違うからだ。具体的なことをいうと、トレーニングしたいからだ。日本に来る前に、4年の間、毎日一つの事しか考えていない。そのことはもちろん、トリッキングだった。毎日起きたらトリッキングを考えていた。授業中、ずっとトリッキングを考えていた。実際に、毎日トレーニングをやったりトリッキングしたりしていた。おかしいほど厳しいスポーツダイエットを夢中でやっていた。それは僕の生活だった。そして僕はその生活が大好きだった。自分は強いと感じていたし、自分がやっていることは意味があると強く感じていたし、毎日少しずつ、昨日よりいい人になったような気がしていた。それに、一番嬉しくて、回りの人をやる気にさせていた。毎日頑張っていた。自分の体が動けないほど頑張っていた。簡単に言える、今の生活より頑張っていて、好きだった。
ま、それは仕方がない。日本に来る前に、「日本にいる間、トレーニングより日本語を練習した方が大切だ。」と決めたのだ。当たり前ことだ。せっかく日本に来て、日本語を勉強するよりトリッキングをしてしまうのは確かにもったないことだ。しかも来た時怪我いっぱいあって、トリッキングをしようとしても、あまり出来なかったのだろうか。だから頑張って、10ヶ月勉強していtた。
最初は日本語あまりわからなかったので、結構大変だった。大変というか、勉強はあまり楽しくなかった。もちろん日本に来たけど、日本人の友達はあまりいなかったので、実際に日本語を喋るチャンスは意外と少なかった。寮の人たちは皆英語で話しちゃったし、彼女と出かけていた時、緊張でほとんど英語しか使っていない。勉強方法は一つしかなかったのだった。ドラマを見て、真似していた。せっかく日本に来たのに、自分の部屋に閉じこもって、パソコンの前に座ったまま勉強していた。
でも日本だから、それでも楽しかった。デートしたり、寮の友達と出かけたりしていたのはとても楽しかった。あまり日本語が上手なような気がしなかったけど、楽しみながら、勉強続けていた。Ӗ
1;れから大阪に行って、英語が出来なくて、知らない人ばかりと遊んでいて、やっと日本語の自信を持てるようになった。東京に戻ったら生活がだいぶ変わったのだ。
新しい学期が始まって、友達がいっぱい出来た。昔から大好きなSOFTBALLのファンと友達になったし、ライブに何回も行った。彼女と会うたびに日本語をもっと使えるようになった。そしてもちろん寮を出て、ホームステイをすることにしている。今の生活はだいたい日本語だけ使っている。前よりだいぶ上手になってきて、日本語力に満足している。もちろんもっと上手になりたいけれど、日本に来る前このような作文を書けるようになると思わなかった。話すことも、前と全く違う。
あれ?トリッキングは?僕の中にあるトリッキングの光は日本や日本語に慣れれば慣れるほど、少しずつ暗くなってしまった。まさかトリッキング、僕を新しくされたことが忘れられると思わなかった。正直、考えると胸が苦しくなる。気が付いたのは二週間前だった。道を歩きながら突然iPodにTHE BACK HORNのアカいヤミという曲が流れていて、日本に来てから初めて聞いた。
約一年前は、毎朝日が昇る前にシアトルの雨の中、僕は自転車でジムに通っていた。ジムに行くのは十分ぐらいかかった。その間、僕はいつもアカいヤミとInner Lightという曲を聞いていた。二週間前に、アカいヤミを聞いた時、急に前の情熱が蘇って、持っているでっかいアイスと痩せている手を見て、泣きそうになったのだ。「何やってんだろう俺」と苦しく自分に聞いていた。「俺いったいどんな人間になったんだ。道元じゃないこの人間なんて。」一年前の僕はもし今の僕を見たら、非常にがっかりする、きっと。そのままトリッキングをしに行った。
予想通りに体が弱くて、トリッキングが上手く出来なかった。それなのに、前と同じようにトリッキングをして、幸せになった。溜まったストレスが完全に発散していて、その二時間の間、「よっしゃ!これだ!これは生きているということだ!」と思っていた。それで、あの日から僕の中にあるトリッキングの光はもう一回炎になった。
残念ながら、帰るまで我慢しなければならない。秋茜のライブも期末試験も仕事も家族も友達も彼女も遊ぶこともやりたいことも山ほどいっぱいある。そして今から27日しか残ってない。ジムに入ることなんて、意味がない。
だが、トレーニングしたい。
とりあえず、トリッキングの火をかき立てる。帰ったら、また生活に火を付ける。今度は、ずっと消さない。