小説の書き方:4書く

理沙、

昨日、僕は午後の4時半から夜の11時半まで書いてしまった。よって、今僕は目を完全に開けられない状態だ。ワオ!

今日小説の書き方ではなく、書くことについて理沙に一般的に説明したいと思う。おそらく最初からこれを書くべきだっただろう。

僕の考えでは、書くことは他の学科よりも随分大事だ。どんなに数学を勉強していても、高校卒業してからの計算を全部計算機でやるようになってしまうのだろう。どんなに漢字の勉強をしていても、高校卒業してから、簡単な手紙と自分の名前と住所以外、筆で書くことはほとんどない。僕たちの現代的な社会では、パソコンと携帯が筆と鉛筆を超え、ややこしい漢字の書き方を知る必要がもうほとんどない。一生日本に残ったら、英語も話さなくてもいい。福沢諭吉の誕生日や植物の科学的性質など、やがていつか、全てを忘れるのだろう。試験が出てこなくなったら、入らない思い出のように、得てきた知識も出てこなくなるのだろう。

(注:勉強しなくてもいいとは言ってないぞ。細かいことを忘れてしまっても、基本知識は非常に重要なことだ。学生でいる間はしっかり勉強すべきだ)

しかし、書くことは違う。何故かというと書くことは知識じゃなく、道具であるからだ。それからどんな能力であっても、ある程度まで才能を磨けば、人に影響を与える力になる。中学生レベルのスキー選手は大したことじゃないけど、オリンピックレベルのスキー選手は国民を感動させる力を持っている。でもスキーをするのに色々が必要とされる。山も、リフトも、お金も。そして多くのスポーツを激しくやればやるほど身体が徐々に壊れてくる。運動することは非常に大切だが、50歳スキー選手は金メダルを取れる訳がない。

しかし、書くことは違う。書くために必要とされるものは紙と筆だけだ。従って、誰でも、いつでも、何でも書ける。それに書くことは日常欠くべからざるものだ。友達にメールをする時、先生にノートを書く時、会話でも言葉の並べ方だけだ。言葉を口にする前、どうやって言えばのか?と考えたことがあるのだろう。「なんていうかな。。。」という表現自体がこれを示している。よって、書くことを練習すれば言葉に対する日常的な物事は全てよりもスムーズになる。簡単に言えば、言っていることじゃなく、言い方が大切である。それから人間は書くこと練習するにつれて、言葉の重さが分かるようになる。

最後に一番大切なことを説明したいと思う。書くことは創造的なことである。すなわち、書くと脳が働く。ものを写ったりするよりも、ストーリーじゃなくてもとにかく自分で文を作ってみれば、頭がよくなるのだ。これも、事実である。つまり、小説家は頭がいいから小説を書くのではなく、小説家は小説を書くからこそ頭がいい。一般人が真面目に100ページぐらいの小説を書くことは多分、一年間学校に通うことと近い。何でかと言えば、小説を書いている内に自分の先生、自分の生徒にもならなければならないからだ。

Yawn. 今日はここまでだ。今週も少し忙しくなりそうなので、木曜日もアドバイスを持って来れなかったら許してね!外人も、一応人間だから。

では、また木曜日。