友達からの質問

○○さん、

取り急ぎ、ありがとうございました。

早速質問に答えてみます。

1、道元さんと日本語の出会いから今に至るまでの関係

二年前くらいに僕の個人ブログにこれについてかなり長い日記を書きました。これは僕の日本語の出会いです(英語):

http://www.dogentricks.com/2008/05/06/dream/

また、日本で小説家になりたい理由はこれです(英語):

http://www.dogentricks.com/purpose/

簡潔に言えば、僕が受けた感銘を多くの人々に与えるために、僕には作家という職業が一番ふさわしいと信じてやまないからです。

2、道元さんの日本語の表現力はどこからくるのか
※そのうちのひとつの理由が読書であれば、おすすめの作品を3冊教えてください。私も読みたいです★

僕は大した表現力を持っていないのですが、ここで今までの執筆経験について話した方が一番分かりやすいと思います。実は、読書が一つの理由にならないと思います。何故かというと、つい最近までほとんど本を読まなかったからです。ここ10年にわたって、学校の宿題も含めて、小説を10冊以下しか読んでいないと言っても過言ではない。若い時から読書ということがどうしても気に入れなくて、本の途中で諦めたことが圧倒的に多かったです。

一方、幼い頃から書くことが非常に好きだ。小学校4年の時に、10ページの絵本という宿題が出されたら、僕は興奮してほとんど絵が載っていない40ページの短編小説を提出してしまいました。中学校と高校に続いて、読書はいつも面倒な反面、エッセイなどを書く時は誰よりゆっくりと時間をかけて楽しみました。ご存知だと思うのですが、アメリカでは大学に申し込む時、SATの評点と目的説明書というのが必要です。執筆があまりにも好きで、冗談っぽく頼まれたら、つい友達の目的説明書も書いてしまいました。

以上によって、僕の執筆の分野においては表現力が比較的に高いことに対して、母国語である英語でさえ単語力はものすごく乏しいです。僕は大した才能を持っていません。だが、執筆が非常に好きなので、1日ずっと机に向かっていても全く疲れません。その結果として、一般の人より2、3倍自分の文を磨いているのではないかと思います。自分の推敲を通して、表現力が豊かになっていくとつくづく思います。後、ビデオ編集も非常に好きです。新しい美を生み出すために、音楽に合わせて頭の中のイメージを並べ替えていると楽しくてたまりません。これも僕の執筆に影響しているのではないかと思います。

一生の読書欠乏を補うため、最近小説を読むようにしています。今のところ、三島由紀夫の「潮騒」を読んでいます。この間読んでいる最中に、感動のあまりに、思わず oh my god と呟きました。金原ひとみ(蛇にピアス、ミンク)と村上春樹も好きです。後、僕は世界一音質がいいイヤホンを持っているから、音楽からもかなりインスピレーションを受けます。音がとてつもなく美しいです。

3、「日本語の表現力を養うためには、母国語である英語の表現力が必須である」という仮説に対する考え

日本語の表現力を養うためではなく、むしろ常にある世間に対する姿勢を生かし尽くすために、母国語である英語が必要だと思う。と言ったら余計にややこしく聞こえるのでしょう。主に日本で小説家になれると信じるのが、多くの日本人にはない判断力、かつ想像力を持っているからです。いや、それも違います。人間の五感を生かし、新たな感銘を生み出したいのです。それで、たまたま言葉というものあり、たまたま僕はそのものが好きだった。日本語であれ、英語であれ、音楽であれ、ビデオ編集であれ、何でもいいです。僕は思いますが、大切なのは方法ではなく、心に芽生える元のアイディアなのです。それさえあれば、人間は無敵になれると思います。僕の場合はそれを発揮するために、日本語という道具を磨く必要があるのです。

すっきりしました。

4、ごく有り触れた日常を、一幅の名画のように綴る観察力と表現力の鍛え方

完全に褒め過ぎですよ。

僕の意見なのですが、勇気が一番大事だと思います。多くの人々は感動的な文を書けないと思い込んでしまうのは、感動的な文を実際に書いてみないからです。自分の頭の中で馬鹿馬鹿しく聞こえる文は誰かを感動させるかもしれないし、書いていない文が咲く可能性はゼロです。始めから人を動かすような文を書くのは甚だ難しいことです。しかし、既に存在する文を美しくするのは、それほど大変なことではありません。ただし、息を呑むようなもの一概に言えるように、努力と勇気が必要とされます。

世界一素晴らしいイヤホンも役に立ちます。

美しい浜

2010年9月24日

三ノ宮駅前のスターバックスにて。

蜂蜜がたっぷり入っているカモミールティーが舌に触れると、妙に胸がときめく。僕はスターバックスに来ている。僕はここが好きだ。

三ノ宮駅前のスターバックスは広いので、客が大きい声で喋っても、あまりうるさくない。静かな潮が凸凹した岩を滑らかにするように、優しいジャズに満たされた広い空気が、わいわい騒ぐ客の声といい、ミキサーの金属音の響きといい、全ての音を和やかにしてくれるのである。好きな小説を読み耽るなり、ひたすら苦いコーヒーを飲むなり、時間を気にせずに好きなことをしていい。この平和な雰囲気は客をとてもくつろいだ気分にしてくれる。角席に座りずっとイヤホンでMUSEの騒々しさを楽しんでいる僕には、全く関係のない話であるが。

別府のスターバックスのごとく、ここは外国人が客の4、5割を占めている。とは言っても、外国人の種類が全然違う。別府のスターバックスに来る外国人は、主に部活で身体を鍛えたアジア系の留学生、または韓国から来ている粋な観光客である。この三ノ宮のスターバックスに来る外国人は、主に肥満気味のはげている白人のサラリーマンである。これほど太っている日本人は滅多に目にしないので、日本人がこういう鯨に近い生物を見てどう思うのだろうか。外国人だから仕方がない、という偏見めいた思いを抱くのか。だって消化の仕方が違うもの。遺伝的な特質だから、特に何も思わない。と、言われたことがある。日本人はこういう人を見て、本当は何を思っているのだろうか。気づかない筈がないから、日本人がどう思っているか気になって仕方がない。ちなみに、同じ白人としてこれは恥ずかしい限りである。

店内の反対側に座る美人。彼女の橙色のランプの光に映えた身体を見つめていると、脂肪という概念がそっと頭から擦り抜けていく。読書に夢中になっているその彼女を見て、先週別府のスターバックスで出会った別嬪を想起する。先週と同じように、パソコンから見上げる度に、彼女と目が合える可能性が胸のときめきを引き起こす。先週と違って、今日の美人は年上で、30代半ばかと思われるくらいだ。しかし衰えを感じさせるどころか、あたかも思春期に始まった身体の変化が、絶えず今日に至るまで、彼女の輪郭をより完全な形に研ぎ澄ましてきたようである。

どちらかというと、2、3歳年上ではなく、だいぶ年が離れて成熟した女性の方が僕を興奮させる。夜の経験も非常に魅力的だが、主に僕を魅了するのは、仕事をしている筈なのに、彼女が朝10時にスターバックスに来店し二時間ほど読書に溺れていることである。彼女の私生活が気になって仕方がない。

僕はイヤホンを抜いてみると、頭に打撃を受けたかのように、突如襲ってくる雑音に圧倒される。ジャズはもう流れていないし、客の声もたまらなくうるさい。それに、ふと気づくと空気も悪くなっている。朝の静かな潮はもはや引いてしまっている。しかし押し寄せるジャズの波に、浜には真珠のようなものがたくさん残されてある。今は午後1時で、店内は美人だらけだ。これはスターバックスの特徴でもある。

Coffee

2010年9月19日

別府のスターバックスにて

僕は外国人がたくさんいる別府のスターバックスに、朝から来ている。テラス席に座って、ときおりカモミールのホットティを口にする。塩っぽい海の風が優しく頬を掠めて気持ちがいい。ベートーヴェンの旋律は細やかで快い。周りの人々はみんな美しい。僕はこのスターバックスが大好きだ。

今は午後7時だ。ついさっきまで八月に学んだ日本語を黙々と復習していた。それで、非常に面白いことが起こったのだ。重い静寂に浸り言葉とシンクロしていた僕は、今手にしているホットティを頼んだ時に、言葉を実際に発しないと相手に自分の意思が伝わらないということを、完全に忘れてしまっていた。

「店内で召し上がりますか」

ホットティーをお願いします。

「お客様店内で召し上がりますか」

僕は僅かに赤面して、彼女に返事する。そのあと、席までティーを運んでもらう。外のテラスにはテーブルが五つある。しかし天気は申し分ないにも関わらず、今のところ二つしか使われていない。隣に座っている二人の女性は、僕の最初の関心の的となる。

二人とも大学生に違いない。こちらに近い方はとびきり青いワンピースを着ている。そして、どこ行っても散見する流行のブーツを履いている。金髪に染めやけに乾燥した髪から、彼女はしばらくシャワーを浴びていないように思われる。もう一人の女の人を描写しようとしたら、韓国の留学生と思しき男の人が彼女達のテーブルのすぐ側まできて、小さくて白い封筒をそっと渡す。三人とも一斉に席を離れ、一瞬にしてスターバックスから姿を消す。もしかすると、今のは麻薬取引だったのか。

僕はテラス席に座っている唯一の外の客なので、店内の客を描写するほかない。店内と外のテラスを隔てる窓の向こう側に、何気なく視線を向ける。すると、僕を直視している美人と目が合う。僕は思わず手にしているホットティーをパソコンの上にこぼしそうになる。冷静さを取り戻してホットティーをテーブルの上に置き、僕は彼女を丁寧に描写し始める。彼女はじっくり描写するに値する人間である。

まず押さえておきたいのは、彼女はかなりの美人にも関わらず、常に誰かにろじろじろ見られていないかどうかに注意を払おうととしないこと。つぎは、彼女がすでに長い間、読書に耽っているということ。これは僕にとって非常に幸いなことである。何故かというと、僕と彼女が交際できる可能性を暗示しているからである。残念ながら、彼女の外見はその可能性を完全に打ち消すのだ。彼女の冴えた大人らしさには手も足も出ない。彼女は僕が観察しているのに気づいている。視線を本から逸らさずに、腕を上げて色っぽくしなやかな指で髪を掻き回す。張りつめられた長袖のTシャツが彼女の輪郭を強調する。つやつやした黒髪が店内の照明を優しく反射し、僕の目を奪うのだ。

僕と彼女との間にある唯一のテーブルに、肥満気味の家族が座ってくる。彼らが座った拍子に、テラスが僅かに揺れる。思わず目を背けるほどの惨状である。スターバックスの前を走る道に視線を向ける。夜の暗い道路を走る光と椎名林檎のささやきとが、失われた調和を多少なりとも回復させる。しかし煌々と輝く川を何気なく眺めていると、僕はもう一度彼女の顔を見たくてたまらなくなった。

おはよう:九日目

6:30に目が覚めた。
19:30に一時間睡眠を取ろうとしたけれど、なかなか眠れなかった。ついに眠りに落ちると思いきや、21:10の目覚ましが鳴った。
現況:相変わらず眠い。相変わらず楽しい

ーーー

普通ならば僕は眠くなると、布団に入る。何故かというと、去年の6月までの数年間、僕の生活はスポーツを中心に回っていたからだ。正確にいうと、僕の生活はトリッキングを中心に回っていたのだ。

トリッキングというのは、以下の動画のスポーツのことである。殆どのショットは、僕自身だ。

ここに詳しくいうと話が非常に長くなるので、大方のことでは省かせてもらう(いつかトリッキングについてちゃんと書きたいと思う)。簡潔に言えば、僕は全くスポーツに向いた体格に恵まれていないので、ここまでトリッキングが出来るようになるためには、消えた星を回復するくらいの努力が必要だった。トリッキング選手として大した才能は持っていなかったけれど、こんなか弱い自分が一時的にせよ標準レベルまでトリッキングが出来るようになって鼻が高い。

この話をし始めると、僕はかなり興奮してしまうので、ここで話を戻す。トリッキングを真面目にやっている間(およそ6年間)、僕は全てのエネルギーをもっぱらトリッキングに費やした。睡眠スケジュールはもとより、食事、歩き方さえトリッキングのために調整したのだ。こういった生活を長く続けていると、僕は昼寝が出来なくなった。何故かというと、トリッキングを出来るだけはやく上達させるために、毎日決まった時間に8時間睡眠を取っていたからだ。たとえトリッキングの訓練で非常に疲れていても、生活のリズムが崩れないよう、夜まで寝るのは我慢した。

こういう習慣がついていた上に、僕は昔から物事を考えすぎてしまう性格なので、起きている間は片時も頭を休めることが出来ないほどだ。とても昼寝が出来るタイプではない。飛行機や電車の中はおろか、布団のなかでさえ、あまり眠気に催さないのだ。それどころか、横になるが早いか、身体が動いていない分、脳が覚醒状態になってしまう。だから、かなり眠くも、なかなか眠りに落ちないのだ。今日の失敗した仮眠は、その証拠にすぎない。

先ほど言ったように、僕が一番トリッキングに夢中になっていた時でさえ、自分がトリッキングに向いていると思わなかった。だが、僕はトリッキングを通して努力を知った。だから、トップになれなかったことも、身体を壊したことも、一生悔やむまい。

パラノイア気味の思考。そして、努力というものがよく分かっている。僕に言わせれば、それは正に作家という職業に向いた素質である。

いかに睡眠不足だろうと、生き生きして書けるからである。

小説の書き方:ストーリー

理沙、

アドバイスはかなり久しぶりだね。実は、僕は今まで勉強と取り組んで結構忙しかったので、アドバイスを書きたかったけど、書く時間がなかなか見つからなかった。というわけで、一週間くらい前に僕は「多相性睡眠」を始めた。多相性睡眠では、一日一気に睡眠を取るのではなく、睡眠を分割して取るのだ。それで、レム睡眠(一番大事な睡眠)に入るまでの時間がかなりすくなくなる。それで、僕は最近毎日19:30に寝て、21:00に起きて、そして02:00まで起きて勉強している。前より随分暇が増えたので、またアドバイスを書きたいと思う。

今日、ストーリーの創り方について説明したいと思う。これはかなり幅広くて曖昧な話題なので、規則を延々と並べる代わりに、ここで最も大事だと思われる観念を抑えておきたいと思う。

物語を創るために、かなりの想像力が必要である。正確にいえば、想像力よりも物事に対する考え方が大切である。面白く書けば、退屈で平凡に思われる話題でも読者の意表をつくことは可能だ。ただし、つまらないことを面白く描写するために、無限の想像が大事である。社会が定めた窮屈な中で考えてはいけない。例えば:

・猿のことを動物だと考えるのではなく、不思議に歪んだ人間だと考える。
・火のことを化学的な現象だと考えるのではなく、生き物だと考える。
・小説を書くのではなく、登場人物に操られると考える。

こういった考え方は、物語のスタート時点を思い付くために非常に助かる上に、表現力も豊かにする。ストーリーを思い付くために、先ず自由な思考が非常に大切である。

さて、スタート地点が分かったら、次に何をすればいいのか。そこからの話をどうやって創っていけばいいのか。

ほとんどの優れたは物語は、主に三つの通過点がある:

1:葛藤
2:危機
3:解決

葛藤:葛藤があるからこそ、小説は存在するのだ。歴史的に考えてみよう。歴史というのは、文明が発祥してからの様々な葛藤のドキュメンタリーにすぎない。しかし、葛藤があるからには、人間としてそれを勉強する価値があるし、歴史を顧みるのは非常に面白いことである。文明の発祥から今日に至るまでもし葛藤が一切なかったとすれば、歴史を勉強することは全然楽しくないし、歴史ということ自体がないとも言えるだろう。小説というのは、想像から生み出された歴史なのだ。ゆえに、葛藤が必要である。小説の葛藤は、登場人物の欲望、もしくは恐怖から生まれる。

危機:危機というのは、葛藤を脅かすことだ。これも歴史的に考えてみよう。葛藤が戦争だとすれば、危機は、ある兵隊が絶対に勝てないことに気づいて、その時のその思考である。また、自分が何のために闘っているのかと疑問視する兵士の思考だ。こういう思考は最も大事なこと、すなわち葛藤を終える力を持っているから、危機というのだ。葛藤が終わったら、戦争も終わる。葛藤が終わったら、小説も終わる。したがって、葛藤を脅かすことは危機と呼ぶ。簡潔に言えば、危機というのはピンチの時の決定である。名誉の戦死を遂げるのか。それとも、家族と再会するために逃げるのか。危機に直面するのは、小説のクライマックスである。

解決:危機以降のこと。戦場の、兵士の輝く戦死。それとも、最悪観を抱く兵士の、家族の笑顔。解決というのは、危機が終わった後の、読者に与える最後の風景。作家が意図的に読者にメッセージを与えようとしているかどうか、解決の場面を踏まえて物語のテーマなどを勝手に決める読者が圧倒的に多い。

読者をがっかりさせないように、最も大切なのは、この三つのバランスのことなのだ。独創的な葛藤イコール感動的な解決とは限らない。だから、バランスが非常に大事である。物語の流れを決めずに無闇に書いてしまうと、途中でバランスが崩れることが多い。全ては夢だったとか、3年間もお金を貯めてパリまで行ったけど彼女は空港に迎えに来るのを忘れていたとか、何が何でも最後まで闘い抜く決意を固めた兵士が、翌日食中毒で死んだとか、こういったギミックは「読者暗殺」と言って、絶対に避けた方がいい。最初からきちんと計画を立てて、バランスの良い物語が出来上がってこそはじめて、読者を感動させるものを書くことが出来る。

纏め:葛藤、危機、解決。この三つのバランスは欠かせないことである。しかし、バランスがあるからといって、必ずしも面白い話になるとは限らない。広い目で世界を見て、斬新なアイデアを思い付いたら、それをもとにバランスの良い物語を創ること。

また書くね。

おはよう:四日目

6:30の目覚ましが鳴る一分前に、自然と目が覚めた。
19:30に一時間半の昼寝をしようとしたが、21:00の目覚ましを過ぎて、22:00まで寝てしまった。
02:00に再び寝た。
現況:非常に眠い。集中が出来ないし、何だか消化も悪くなっているような気がする。生きた心地がどんどんしなくなった。

ーーー

非常に眠い僕。

今日、いくつかの交替睡眠スケジュールを紹介したいと思う。

先ず、ウーバーマンサイクルを紹介する。

このサイクルでは、4時間間隔で20、30分睡眠を取る。ウーバーマンサイクルはとても効果的で、生き生きした気分と鮮やかな夢をもたらす。それに、ウーバーマンと取り組む人々はしょっちゅう明晰夢を見る(夢の最中に、自分が夢を見ていることに気づくという、インセプション的な現象)という。しかし、窮屈な時間割によって、昼寝を一つでも抜いてしまうと、甚だ疲労を引き起こす。スティーブ・パリナというブロガーは、半年以上ウーバーマンサイクルを全く問題なく行い、職場において輝かしい成果を収めた。挙げ句の果てに、飽き飽きした妻の脅しに恐れ、普通の睡眠スケジュールに戻ったそうだ。

次に、エベリマンサイクルを紹介する。

このサイクルの特徴は、一つの長い昼寝をすることである。エベリマンでは、一日に、三時間の昼寝を一回、20分の昼寝を三回取る。このサイクルはウーバーマンより寛容で、昼寝を少し延期したり抜いたりしても、それほど大変な気分を引き起こさないという。それに、普通の睡眠スケジュールよりまだかなり効果的である。多くのブロガーは問題なくイベリマンサイクルを活用している。

ディマクシオンサイクル:

これはベッキーフラーが開発した最も厳しい交替睡眠スケジュールである。6時間間隔で、30分睡眠を取る。そう、一日二時間睡眠ということである。ベッキーがディマクシオンサイクルを生かしだして二年経った頃に、いくつかの健康診断を受けてみたが、彼には異常な症状が全く現れなくて、むしろ一般の人より健康的だという結論に至った。結局、彼がディマクシオンサイクルをあきらめたのは、同僚と合わなかったからであるという。一方では極めて厳しい交替睡眠スケジュールであるが、他方ではディマクシオンサイクルは最も効果的な睡眠スケジュールでもある。

シエスタサイクル:

これは世界中の大学生が無意識に活用している交替睡眠スケジュールである。夜に4時間睡眠を取って、昼頃に1時間半の昼寝をする。緩い時間割に因って、一番よく使われている交替睡眠スケジュールである。一方、普通の交替睡眠スケジュールとはあまり変らないので、それほど効果的なシステムではない(普通より効果的ではあるが)とも言えるだろう。

ーーー

支障なく交替睡眠スケジュールに慣れるためのキーヒント。

一つ目:油の少ない、栄養がある食事を続けること。
二つ目:新たに得る時間を潰すためのプロジェクトを常に持つこと。
三つ目:仕事、もしく学校の予定が厳しくない時期に行うこと。
四つ目:最後までやり遂げること。慣れるまでしないと、全く意味がない。

ーーー

以上により、交替睡眠時間は僕みたいな友達のいない独身にぴったりだと思う。
いやー、眠いな。

おはよう:三日目

6:30の目覚ましで目を覚ました。
19:00に一時間半の昼寝をしようとしたが、21:00の目覚ましが鳴るまで寝てしまった。
2:00にもう一度寝た。
現況:少し眠いが、昨日より集中が出来るし、目は焦点を合わせることが出来る。今00:00だとは思えない。筋肉痛も全くない。

ーーー

昨日重視したこと:
睡眠の循環は90分ずつに分けられている。
レム睡眠は睡眠循環の最後の段階である。
レム睡眠が脳の疲労を取る一番大切な段階である。

交替睡眠スケジュールを紹介したいと思う。

交替睡眠スケジュールとは、レム睡眠を分割して取ることである。交替睡眠スケジュールをちゃんと生かすと、一日2、3時間しか寝なくても問題ない。このシステムは普通の睡眠スケジュールと比べると、主に三つの有利な点がある。

一つ:暇が激増すること。
二つ:一日の疲労が少しずつ取れていくので、眠くて集中できないということが比較的に少ないこと。
三つ:勉強には非常に効果的であること。

不利な点:

一つ:暇が増える反面、設定した時間に寝ないとだめだ。よって、社交的な機会が激減すること。
二つ:交替睡眠スケジュールになれるのは非常につらい上に、なれるのに約3、4週間がかかること。

交替睡眠スケジュールは、何故可能?

睡眠時間を減らせば減らすほど、レム睡眠に入るまでの時間も、減っていく。従って、睡眠不足の人は、睡眠を贅沢に取っている人より、早くレム睡眠に入る次第だ。例えば、毎日8時間も寝る人が75分でレム段階に入る反面、極端な睡眠不足の人の場合は、20分しかかからない。ところが、最初のレム段階が終わったら、身体が睡眠の循環をリセットする。これによって、睡眠不足の人は早めにレム段階に入ることができるにしても、何時間も寝ないと溜まってきた疲労がろくに取れない。

ただし、睡眠不足の人が早めにレム段階に入って、そして最初のレム段階が終わったところですぐ目を覚ますと、今度寝た時に、再び早めにレム段階に入れるのである。要するに、レム以外の睡眠の必要がなくなる。それで、こういった生活を規則的にしばらく続ければ、身体はそれに慣れていく。

それ故に、対等に睡眠を分割すれば、一日2、3時間しか寝なくても、8時間も寝る人と同じくらいレム睡眠を取ることが可能である。そして、たった2時間睡眠の日とて、生き生きした生活を送ることは、有り得る。

馬鹿馬鹿しく聞こえるだろうと思うが、これを実際にやっている人のブログが山ほどあるし、レオナルド・ダ・ヴィンチといった歴史上の人物の中でも、交替睡眠スケジュールを生かした人がたくさんいる。だとすれば、何で交替睡眠スケジュールは普及しないのだろうか?その答えは単純である。交替睡眠スケジュールは現代の社会と全く合わないからだ。

明日、いくつかの交替睡眠スケジュールを導入するつもりである。

おはよう:二日目

目覚まし無しで、6:00に起床。
19:30に一時間半の昼寝をしようとしたが、結局眠れずに20:30に諦めた。
00:00に寝ようとしたら、朝2:00くらいまで眠りに落ちない。
現況:かなり眠い。それに、目はちゃんと焦点を合わせることができない。

ーーー

僕は今、かなり睡眠不足で、この文を書いている最中に二回くらい居眠りしそうになったほどだ。
だから、この日記はミスが多々あるのではないかと思うが、勘弁してください。

今日、睡眠の基本を説明したいと思っている。一応言っておくが、僕はお医者ではないし、下記は僕が収集して勝手に解釈した情報にすぎない。

現代の社会においては、一般の人々は朝起きて、一日働いて、そして寝る。皆さん、これは普通だと思っているのではないか。赤ちゃんと動物、つまり社会の規則に縛られていない生物のことを少し考えてみよう。赤ちゃんもペットも、一日何回も睡眠を取る。この現象を踏まえて、人間も、一気に寝るのではなく、せめて二回くらい寝た方が、自然だと僕は信じている。

論理的に考えてみよう。人間の理想の睡眠時間が8時間だとすれば、一日起きている時間は当然ながら、16時間である。16時間という時間は長く思われるのではないか。前日の睡眠時間を問わず、16時間もずっと起きていると、人間が眠くなるのはごく自然なことである。しかし、学校のため、仕事のため、友達と遊ぶために、昼寝をする訳には行かない。これは現代の社会が決定した規則である。この規則は、人間の能力をものすごく阻んでいると僕は思う。束縛を感じて、睡眠時間について色々と調べてみた。

人間は、90分ずつの循環で睡眠を取る。一つの循環は、5つの段階に分けられている。一番大事な段階は、最後の、レム(急速眼球運動)睡眠の段階である。この段階において疲労が取れるし、脳は五感が集めた一日の情報を整理する(この事実を踏まえて、勉強と試験の間に少なくとも一度睡眠を取るべきだという)。レムの段階が終わると、気持ちよく起きることが多い。目覚ましが鳴る前に自ずと起きたことある?それはおそらく、あなたはレム段階が終わったばかりだからである。一方、再び寝てレム段階まで行かずに、もう一度起きてしまうと、大変起きづらい。だから、一気にせめて90分の睡眠を取らないと、殆ど意味がなくて、むしろより眠くなってしまう。よって、四つの循環が完全に終わった6時間睡眠の日は、中途半端な7時間睡眠の日より、すっきりする。

この説明を踏まえて、明日の日記では交替睡眠スケジュールを導入したいと思っている。

おはよう:一日目

おはよう。

皆さん、おはよう。僕は今、目を覚ましたところだ。夜九時だ。

近頃、僕は夢のために一所懸命頑張っている。仕事の傍ら、暇な時間を専ら執筆の勉強に費やす。遊びというのは、友達と一緒にスターバックスで勉強することである。睡眠を取るというのは、目を瞑ったまま日本の映画を聞くことである。生きるというのは、文を作り上げることである。夢を叶えるために、僕にはこうして勉強する必要がある。しかし、最近気づいたのだ。このままだと、作家になるまではまだまだ何年間もかかる、と。

それで、考えてみた。どうやって上達を促進すればいいのか。つまり、今よりどうやって勉強時間を作ればいいのか。その答えは睡眠にあったのだ。

ここ数ヶ月、僕は毎日約8時間も寝ている。それは決して僕には毎日8時間も寝れる贅沢があるからという訳ではない。それどころか、勉強する時間を減らしたからである。最も効果的な勉強方法を知りたくて軽く研究してみると、毎日たくさんの知識を身につけるために、せめて睡眠は8時間が必要だということが分かった。人間はいくら勉強しようが、毎日ちゃんと睡眠を取らないと、全く意味がないという。それで、僕は勉強する時間まで減らし、睡眠時間を増やしてみた。ところが、たとえ9時間も寝た日でも、朝起きたらまだ何だか眠いという場合が多かったし、勉強の分野においても注目に値する結果は出なかった。

とはいえ、6時間しか寝ていないという珍しい日々の方がよほどひどかった。一日中ぼーっとして居眠りしつつ、勉強はおろか、仕事の義務もろくに出来なかった。仕方ないな、週末はスターバックスで勉強して、平日は買い物や運動などが終わったら勉強するほかない。僕はそう思い、かなり健康的な半年くらいを送ってきた。

でも足りなかった。上達のペースが全然足りなかったのだ。しかも、常に睡眠の悩みに追い回されていたのだ。何しろ、いくら勉強のために早めに布団に入るとはいえ、勉強したくて仕方ないらしく、寝ようにも寝れないという悪循環に何時間も奪われたからだ。これじゃ、だめだ。僕はもっと早く上達したいのだ。悩む暇もあれば、時間を大切にしていない筈だ。

というわけで、僕は睡眠時間についてもう一度研究をし始めた。

やばい。交替睡眠スケジュールを発見した瞬間、思わず呟いた。

僕は昨日から交替睡眠スケジュールの一つと取り組んでいる。慣れるまではおよそ一ヶ月かかると言われるので、日本語と執筆の勉強がてら、こうした実験の進行を記していきたいと思っている。明日は交替睡眠スケジュール自体について、もっと詳しく書くつもりである。

素晴らしい

It is not the critic who counts, not the man who points out how the strong man stumbles, or where the doer of deeds could have done better. The credit belongs to the man in the arena, whose face is marred by dust and sweat and blood, who strives valiantly . . . who knows the great enthusiasms, the great devotions, who spends himself in a worthy cause, who at best knows in the end the triumph of high achievement, and who at worst knows, if he fails, at least fails while daring greatly, so that his place shall never be with those cold and timid souls who have never known neither victory nor defeat.
- Teddy Roosevelt