「ALT物語」の続き。

 9月になり、僕は大学の近くにあるアパートへ引っ越した。大学生でいられるその最後の一年間、小学校からずっとクラスが一緒だったロブ・ゲイという友達と一緒に住んでいた。彼は音楽の天才で、僕が彼と知り合った頃には、既にショパンのほとんどの曲が弾けるほどだった。音楽の授業では、彼はしょっちゅう先生の言うことを直したり、ピアノの弾き方を責めたりしていた。それは、決してロブが非情な人間だからではなく、単に先生より遥かに耳が優れていたからだけだった。また、発表会の日は、彼はピアノでリストの物悲しい曲をピアノで弾いたり、バイオリンでバッハの喜びに満たされた曲を奏でたりしていた。先生はいつもそれを聴き、いかにも嬉しそうな、同時に泣き出しそうな顔をしていた。それは、小学3年生のことだった。
 それにも関わらず、彼はその才能に全く自信がなかったし、決して自慢も言えるタイプの人間でもなかった。それに中学校に上がったら音楽の授業がなかったので、ロブの知り合いの中でも、彼が天才であることはおろか、ピアノを持っていることさえ知らない人がたくさんいたのだ。それで、僕たちの高校のタレントショーで、ロブが目隠ししてベートーヴェンのピアノ・ソナタの 「月光」を一つの誤りも犯さずに美しく弾く姿を見た時は、同級生はみんな唖然としていた。当然ながら、彼は優勝した。そして人目を引かないよう、トロフィーをクローゼットにしまった。ロブは自らタレントショーに出たいと思ったのではなく、先輩に促されただけだったのだ。
 そんなロブと一緒に過ごしていた一年間は非常に楽しかった。外見からすれば、ロブはシアトルの有り触れた気楽な大学生のように見えたが、彼が酒場から帰ってくると、アパートに置いてあったデジタルキーボードに向かって眠気に襲われるまで指を動かした。ロブが酔うと、僕はいつも教科書を広げて隣の部屋で勉強していた。友人の切なくて美しい旋律を聴きながら勉強すると、テストの点数が著しく上がった。彼はそれほどの才能に恵まれていたのだ。

ALT物語の一部

留学が終わり、僕はアメリカに戻った。シアトルの夏空は、一年前と変らない鮮やかな青だった。飛行機の窓から空をぼうっと眺めていると、一年間も日本で過ごしたことが信じられなくなってきた。しかし父さんがSEA-TAC空港に迎えに来てくれた時、他国の生活に慣れてしまった僕は、英語で感謝の気持ちを伝えることがうまく出来なかった。高速道路の果てしない看板や、広告の大きくはっきりした文字を何度も過ぎると、やっと、実家の少し前で母語が再び出てくるようになった。

 「で、留学どうだった?」
 「ま、これを見て」と僕は言って、友達が撮った動画を家族に見せた。それは、僕が秋茜の最後のライブでモエさんと一緒にステージの上で「とこしえに」を歌っている動画だった。父さんはそれを観ると、実に素晴らしい微笑みを浮かべてくれた。

 「楽しかったみたいだね」と父は短く言った。
 「うん、楽しかったよ」と僕は答えた。

 そしてパソコンを閉めて、一年ぶりに自分の部屋に入って、折り紙のお土産がはみ出していた鞄の中身を出し始めた。部屋の紺の壁や、透明なPANASONICのステレオに入っているCDといわず、全ては前と全く同じだった。汚いひらがなの落書きだらけの机も、昔のままだった。みんな同じだった。部屋中が僕が好きだった静かで穏やかな雰囲気を、そのまま醸し出し続けていた。
 でも僕が鞄を開けると真っ先に目に入ったのは、モエさんが僕の目の前でサインをしてくれた秋茜のアルバムだった。僕はそれを手にし、「とこしえに」の歌手が書いたあった机の上に乗せた。窓外の空はいつの間にかどんよりと曇ってきた。裏庭の松がゆらゆらと風に揺られていた。それを眺めるともなく眺めていると、再びモエさんの輝く姿が一瞬頭をよぎった。